15期 2学年 第20回講座 「大正から昭和初期の街並み」
2026.1.22
「大正初期から昭和初期の街並み」 行田市教育委員会 文化財保護課 浅見 貴子 講師
明治4年廃藩置県により忍藩は忍県となる。その後も、合併・離脱をくり返すことにより徐々に今の行田の形へと変わっていった。
(一時は群馬の一部と合併して熊谷県となったり、秩父を飛び地として領地としたりもした)
明治~大正にかけて行田では足袋屋が栄え、それを中心に銀行・信用組合 馬車鉄道をはじめ、明治43年には夜遅くまで足袋工場が稼働できるようにと電気を通すなど、当時としては進歩的な町だった。
10歳を超えたら子供たちまで足袋を運ぶため大八車を押して、家族総出で分業して働いたとのこと(行田の人がまじめでコツコツ働く気質なのは、この様な生活から培われたものなのでしょうか)
行田は他市もうらやましがる程すばらしい歴史や文化資産を持ちながらも、あまり外に向けてアピールしていない様です。興味を持って調べた人が初めて行田のすばらしさに気づくということです。他県から来た私には行田人のそんな奥ゆかしさが良いところですが少し勿体ない様な気がしました。
私たちも行田を皆に知ってもらえるように勉強しておかなくてはと改めて思いました。
次に10分間休憩をはさんで、同窓会会長である永島さんより、同窓会の説明がありました。
現在、平均寿命は男女ともに伸びましたが健康寿命との差がかなりあるため、その差を減らすためさまざまな活動をすることが良いとされています。
同窓会ではコロナ期に活動はかなり減ってしまったとのことですが、現在24のクラブ活動があり、さまざまな行事を行っています。
先輩には、そば作り学び80歳を過ぎた今でも東秩父でそば屋を営んでいる元気なご夫婦もおられるとのこと。
さいごに、私達も今学んでおいた事が今後の人生に大きく変化をもたらす元となるかもしれません。
浅見先生、永島会長 共にとても興味深いお話でした。





















