星川散策
5月22日(日)に久しぶりで、「忍川の自然に親しむ会」での星川散策が行われた。コロナ禍で中止していた散策であるが、2年ぶり位です。集合は熊谷スポーツ文化公園の西口のラグビー場の駐車場、集まったのは5人、11名の部員であるが足腰の具合が悪い人や都合の悪い人も多く参加者はいつもより低調であったが、集まった人は元気よく散策を楽しんだ。
熊谷スポーツ文化公園の南東側から、星川の川筋に散策を開始、時間は9時30分。最初に着いたのは、上之調整池。ここは、熊谷スポーツ文化公園からの排水池と星川の調整池が結合された場所で、大きな池になっている。星川の水位が上昇した場合、星川の水が堤防を越えて、上之調整池にそそぐ、これにより星川の水位の上昇を少し軽減する仕掛けです。星川の水位が降下したら2台のポンプで上之調整池から星川に水を戻す仕掛けもできていた。
上の写真の左側に、星川があり、星川の水位が上昇すると、写真のコンクリート製の土手を超えて右の上之調整池に水が入る。
水位が低下すると写真の2台のポンプで水を星川に戻す。
このコースの途中には、市民大学で学んだ成田氏の墓のある龍渕寺や雷電神社もあり、もう一度、訪問した。
成田氏の墓
雷電神社
散策の途中で「民俗資料 石像十三仏」という朽ちた立て札が立っていたので、家に帰って調べると次の情報があり興味深いものでした。
http://www.kumagaya-bunkazai.jp/museum/jousetu/bunkazai/209bunka.htm
途中、古宮神社という神社がありNHKの「ふるさとの歌まつり」参加した人たちに記念の石碑がありました。珍しいですね。
12時ごろ、市民大学ではお馴染みのキタミソウ自生地の少し前のコンビニで食事を済ませて、川を右岸から左岸に変えて引き返しました。
左岸を西に向かって進むと、川の右手に河岸段丘が見えます。
上の図で我々の歩いている中央の道路から数十メートル北側に連続した段差が見えます。これは河川段丘で、すべての民家は段丘の上に建てられています。これは星川が暴れ川でかつては、大雨のときは段丘の付近まで水が来ていたことを意味しています。
道路は堤防の役目をしていて、現在の水の流れの位置ギリギリの場所に作られています。反対側の堤防も道路になっていて、大分離れた位置にあります。こちらの堤防としての道路と水路の間は荒地になっていて草が生えています。場所によっては、道路と荒地の間はコンビニエンスストアやゴルフ練習場として使われています。
この荒地の水路に隣接する部分に土盛りをして、宅地開発しているような部分があり、洪水時の水の流れを考えると心配な感じもしました。
この段丘の近くに、愛染堂という神社がありました。この神社は、有形文化財としての価値が高く今後、大修理を行うという看板が立ってました。「愛染」は「藍染」にも通じるとして、江戸時代以降、関東一円の染め物業者が参拝し、額の奉納や修理工事が行われて来たということです。
富岡製糸場や深谷の藍染業の人達との関係も深かったそうで、今後の開発で素晴らしい神社になることが期待されます。
この場所で記念写真を撮りました。
この後も徒歩で熊谷スポーツ文化公園まで戻りました。熊谷スポーツ文化公園の中も広く皆さん大分疲れが見えて来ました。
本日の歩行距離は、推定10km、時間にして約4時間程度になりました。
久ぶりのウォーキングで疲れましたが、皆さんまだまだ今後も頑張れるようでした。