郷土の歴史「忍藩 阿部侯の時代」

令和8年7月23日(木)行田市民大学2学年(16期生)の講義が、行田市郷土博物館 館長の鈴木紀三雄先生を講師にお迎えして郷土の歴史「忍藩 阿部侯の時代」のテーマで行われました。


鈴木先生からは、1年生の時にも「忍城主はなぜ江戸幕府に重用されたのか」のテーマで講義を受けていたのでとても興味があり、写真を撮るのを忘れるくらいの感じで受講しました。

 

徳川家光の小姓であった初代藩主 阿部忠秋は家光、家綱の二代32年にも渡って老中を務め、その後の老中を輩出するお家としての礎となる藩主でした。

3代藩主 阿部正武は将軍綱吉に仕え24年老中職にあり、10万石に石高を増やし三階櫓の造成など城の修築にも尽力されました。この方の働きがなければ10万石饅頭はなかったかも?とのジョークを交えた、楽しく興味深い講義でした。

 

6代藩主阿部正敏は家老のお家を守るべく多方面に努力したが、夢かなわず大阪城代就任中に大阪にて死去。信仰心が篤く大阪城の石垣に仏の顔が浮かんだとして拓本を取って長久寺に奉納したそうで、写真の青まるがそれです。

三方領地替が実施された後は忍藩 藩主は松平家となり、松平家は将軍家の一門であるため老中になれない制度があったため、老中の城の時代は終焉を迎えました。

江戸時代の「お家のために」という価値観の強さや、家臣も藩主の「血筋」を信じて従った様子なども学ぶことが出来て興味深かったです。ありがとうございました。

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